荷風が寄付した話

永井荷風というと、一般に吝嗇家というイメ−ジが定着しているようである。だが必ずしもそうではない。友人や文壇仲間と飲食をした際に相手の分を支払うことがなかったから、そう言う風評が広まっていたフシがある。荷風はそうする事によって、相手に精神的負担を課すことになるという荷風一流の個人主義によるものである。

荷風 晩年に、文京区千駄木の鴎外が住んでいた観潮楼の跡地に、鴎外記念館が建設される運びになった。関係者が奉加帳を回したところ、荷風は思わぬ大金、5万円を寄付し、森 家の遺族を驚かした。

荷風は鴎外に 若い頃から心酔し、鴎外の著作から、学ぶところ多かった。特に史伝には影響を受けた。観潮楼にも訪れ、鴎外の謦咳に接することもあって、死の直前まで鴎外全集を愛読した。